お墓の雑草
- eiger79
- 2021年8月10日
- 読了時間: 2分
二年前の暑い夏の日に母は、逝ってしまいました。その夜は琵琶湖花火大会のものすごい轟音と光で時空間が占領されました。「きれいね、お母さん」と言っても応えてくれない。悲しみがさらに深まりました。 母の三回忌を終えて、今度はお盆です。 お寺さんの事、お供えの事など、ここで何をなすべきかを私はほとんど教えてもらっていませんでした。多分まだ死ぬつもりではなかったのでしょう。 幼いころからの見よう見まねと、自分で書いておいたメモを頼りに、やっています。 お寺に、お精霊(しょらい)さんをお迎えに行ったら、お墓の周りに草が生えています。 今まで、お墓には草は生えないのだと思うくらいきれいでした。
そういえば、祖母が、年に何回か、日を決めて、お寺に草抜きに行っていたなと、にわかに幼いころの思い出がよみがえりました。檀家さんがたくさん集まって、ここまで大きくなる前に、抜いていたのだと分かりました。 そうです。勝手にきれいになっていることは無いのです。 明日、抜きに来ようと帰ったら、台風が来て、それをいいことに、一日眠って、ともかく溜まった疲れを取りました。 今日は元気いっぱい、今までの何十年分の感謝を込めて、草を抜きました。気持ちよくなって、ぐるっとお墓の後ろに回ると、建てられた何枚かの卒塔婆の下の方に、母の名前が見えました。父の三回忌法要とか、春季〇〇なんてのもありました。 私は、母の三回忌に、こんな大きな卒塔婆を立ててもらわねばならなかったのに、全く気づきませんでした。ごめんとつぶやいたら、涙が滲みました。 人は、失って初めて、その人のしていた事、その人の価値、その人の温かさ、もっともっとたくさんの事を知るようです。 お盆は、毎日の業務に紛れて、すっかり忘れている(我々の仕事は、本当は忘れてはいけない事ですが)人の心にふと立ち返る数少ない大切な時です。
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